2014年3月13日

NPO法人自然科学研究所理事長 小谷宗司様よりメッセージを頂きました

NPO法人 自然科学研究所理事長 小谷宗司様より当日の講演内容についてメッセージを頂きました。

「国内産薬草栽培の展望」

はじめに

「人々を生かす日本の農業、自然な農業、自然な食」というテーマは、現代の「農」において最も重要な要素と考えております。私の子どもの頃、農地・林地は何にも代えがたい資産として皆が認識し取り扱ってきた。その時の価値観が今でも体に染みこんでいます。
しかるに、今日までの農業施策の結果として農業従事者の高齢化、離農・遊休放棄地の拡大、農薬の多品種頻回使用等々、どのような側面から俯瞰しても適切な業態環境とは言えない状態に陥ってしまいました。人々が希望をもって農業を営めるには、国策の大転換レベルのリセットが必要と考えています。しかし、国はその方向を向いているとは思えない。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は業態にさらなる負荷をかける危険性さえ感じます。
国際標準化的な考え方には違和感があります。日本には伝統的な風土・文化に即した生活様式があります。農業にしても健康にしても、土地を含めた自然環境が適切な方法を決定してくれます。身土不二とか地産地消のような、今では影が薄くなった言葉がそれを教えています。
そうはいっても、残り少ない人生このまま指をくわえているわけにはいきません。染みこんだ価値観を蘇らすべく、私のできる範囲で活動を展開しています。農業の分野で、薬草栽培はまだ小さな位置づけしかもらっていませんが、国がそれに取り組もうとしている大きな情報をもっています。適切な活用をはかれば、安定した経済効果を生むと確信しています。また、東京生薬協会「国内薬用植物栽培事業委員会」委員という、国の施策に多少の影響を及ぼすポジションもいただいています。そんな観点から、本日は「国内産薬草栽培の展望」のテーマで報告を申し上げます。
法律や専門用語等が交えますので、メモ代わりに以下の要旨を作成しました。

現代の生薬事情

現在、日本で生薬を原料として製造される医薬品には、医療用漢方製剤、一般用漢方製剤、生薬製剤(百草丸、龍角散、実母散他多数)、生薬(刻み粉末など)がある。
近年、野生資源の減少、需要の増加、人件費や栽培加工費の上昇、天候不順による減産などで価格や品質などが一定せず、原料生薬の供給は必ずしも安定しているとは言い難い。
日本漢方製剤協会では、中長期事業計画2007(5ヶ年計画)、また平成24年度を初年度とする「中長期事業計画2012」において、最優先課題として「原料生薬の品質確保と安定確保の推進」を掲げている。その事業の一環として「原料生薬使用量等調査報告書-平成20年度の使用量-」を23年7月に公表した。ちなみにこの調査報告書は、我が国において医薬品の製造に使用される原料生薬の使用量に関する初めての調査資料である。
この中で、特筆すべきは原料生薬の産出国のデータである。平成20年度から22年度にかけての数値では、全生薬273品目の総量では中国産約80%、その他の国約7%、日本産2.5%で推移している。 使用量上位の個別品目の内訳をみても(平成21年度)

カンゾウ
(1,412,552kg)
日本産:0% 中国産:100% その他の国:0.2%
シャクヤク
(1,330,174kg)
日本産:3.5% 中国産:96.5%
ブクリョウ
(1,160,903kg)
日本産:0% 中国産:96.5% その他の国:3.5%
ケイヒ
(971,528kg)
日本産:0% 中国産:81.2% その他の国:18.7%
タイソウ
(756,035kg)
日本産:0% 中国産:100%

主要品目のベスト10を数値化しても中国産が87.8%を占め、片や日本産は2.9%のみである。生薬を原料とする医薬品メーカーが、中国に依存してきた数値がここに見える。
このような状態に陥った原因の最大の要因は、中国産原料が安価ということに尽きる。大半の原料価格を精査すると、日本産に比べ1/2~1/3程度にとどまっている。

レアメタル事件をご記憶でしょうか?

-中国政府の輸出規制と日本の製造業への影響-と題して次のような論評があった。
「2010年7月、中国商務部は、レアアース輸出枠を従来の約3分の1に削減しました。このため、原材料の大半を中国から輸入していた日本国内のレアメタル・レアアース関連業者は、調達と価格高騰に悩まされました。日本国内のレアメタル・レアアース関連業者は、原材料不足、価格高騰、円高の三重苦に見舞われています。いずれにせよ、産出が中国に偏っている事は、レアメタルの消費量が世界最大とも言われる日本にとって、大きなリスクを抱えている事になります。中国政府がレアメタルを独占していることを盾に、ロシアのガス外交のような強引な手段に出る危険性は否定できません。
その為、日本の経済産業省は、非鉄金属の内で特に希少な31種類をレアメタルと定義し、中でも特に供給体制に不安が高い金属(ニッケル、クロム、タングステン、コバルト、モリブデン、マンガン、バナジウム)は国家備蓄制度を設けて、供給が途絶えないよう備えています。例えば、前出のタングステンやモリブデンは国内消費量の約3週間分、全金属の平均で約24日分の備蓄をしています(2007年末時点)。そして国家備蓄だけでなく、民間企業の側でも「(社)特殊金属備蓄協会」が主体となり、全国の約50カ所でレアメタルの備蓄を行っています。」
独占的な資源を有する国家は、戦略資源として強硬策をとることを否定できません。
このような観点から、現状の生薬流通は極めてリスクの高い状況にある。

国内産生薬栽培推進事業にも国が動いた

現在、厚生労働省、農林水産省、地方自治体の薬務担当部署、農業団体、日本漢方製剤協会が参加して、薬用植物の国内栽培の拡大に向けた取り組みが開始されている。日本における生薬生産の拡大は、農業振興、生産地域の雇用の創成や経済の活性化を促すメリットが期待できる。国民の健康を維持するうえで今や伝統薬である漢方製剤、生薬製剤及び生薬は不可欠のものであり、その原料である薬用植物の国内生産拡大は、特定の国に偏りすぎたカントリーリスクの回避に備える観点からも急務である。
このためさまざまな取り組みがなされている。

薬用植物生産出荷に関する法的規制

現在TPP交渉が各国の命運をかけて進められている。医薬品製造業の分野においても、世界標準化の動きが進められている。
PIC (Phmaceutical Inspection convetion)(医薬品査察協定)
PIC/S (Phmaceutical Inspection co-opratin Schem)(医薬品査察共同スキーム)
24年4月に申請を行い、現在審査が進められている。26年度中には承認の見通し。最大の難関とされているのが、欧米の医薬品業界と日本業界では大きく性質が異なることに起因する。欧米では化学成分を主体とする医薬品が大半を占めるが、日本では生薬製剤がきわめて多く存在するため、GMP「医薬品製造における製造管理及び品質管理の規範」基準をPIC/S GMPに標準化するには多くの難問がある。化学成分は単一成分であるが、もともと生薬成分は多成分系であり、これを化学成分と同等の製造管理及び品質管理を行うには無理がある。このファジーな部分を担保するために、生薬を植物薬と位置づけ基原植物の根拠づけが求められることとなった。

薬用植物栽培における基原植物の根拠とは?

PIC/S GMPに基づき、原料生薬を入荷するに当たり基原植物の学名(リンネの二命名法)、現物(腊葉)、植物供給源の詳細(原産国、地域、収穫時期、採取手順、農薬の記録他、基本的にはGACPの基準に従う)このような事項を証明する書類が必要となる。特に植物名同定記述は、高度な植物分類学の知見が必要とされるため一般の生産者には不可能。
さらに、GACP(適正農業規範Good Agricultural Practices、GAP)は農業生産工程管理というシステム化された生産が必要となり、標準書、手順書や記録書など煩雑な要素が加わる。一般の生産者にはなじみがない。
需要者(生薬卸問屋・医薬品メーカー)が原料生薬を購入するに当たり、PIC/S GMPガイドラインに沿って、法的に適合と判断して初めて入荷することが可能となる。単なるトレーサビリティの情報ではなく、法的な書類の添付が必要となる。
身内での消費を除いて、山で薬草を採取して売る。遊休放棄地で薬草を栽培して売る。このような手続きなしの薬草販売はできない。

先手必勝

現時点ではPIC/S GMPの要求事項は「情報として整備せよ」という経過措置が取られる。完全施行までおよそ5年程度は必要と見積もられている。この間に、多様な要件を理解し一歩先んじて栽培事業に着手することは大きな経済効果が得られると確信する。
そのための協力は惜しまない。

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