中井弘和
静岡大学名誉教授
元農林水産大臣
日本の種子を守る会顧問
TPP交渉差止・違憲訴訟の会幹事長
1942年、長崎県生まれ。
弁護士。早稲田大学法学部卒。
司法試験に合格後、故郷で牧場を開く。オイルショックにより牧場経営を終え、弁護士に専念。その後、衆議院議員に立候補し、4度目で当選。
2010年6月、農林水産大臣に就任。
2012年、民主党を離党し、反TPP・脱原発・消費税増税凍結を公約に日本未来の党を結党。
現在は、弁護士の業務に加え、TPPや種子法廃止、種苗法改正、食の安全、食料安全保障の問題点を明らかにすべく現地調査を行い、映画をプロデュース。また各地で講演や勉強会を行っている。学校給食を有機無農薬にする活動などを支援している。
著書・共著:
『売り渡される食の安全』、『アメリカも批准できないTPP協定の内容は、こうだった!』、『タネはどうなる?! 種子法廃止と種苗法運用で』、『消された「種子法」』TPP交渉差止違憲訴訟の会・弁護団 (編集)
ブログ
https://ameblo.jp/yamada-masahiko/
facebook
https://www.facebook.com/masahiko.yamada.125
プロデュース映画:
『食の安全を守る人々(仮題)』(今秋公開予定)
▼クラウドファンディング中! ご協力ください。
https://readyfor.jp/projects/39766
▼『タネは誰のもの〜種苗法改定で農家は?』(予告編 ショート版)
https://www.youtube.com/watch?v=1SK2uh8qUlM
※9/21シンポジウム終了後、18時過ぎから
8/21にTPP種子法廃止違憲訴訟の衆議院議員会館報告集会で上映されたプレ公開版を上映
種苗法改正の問題点〜種子条例の意義と私たちが今後できること
1.種子法廃止は多国籍企業による種子の支配
種子法が廃止されて2年が経過しましたが、種子法廃止によって私達の生活はどのように変わるのでしょうか。
私達は毎日ふっくらとして香り高いコシヒカリ等の美味しいご飯を当たり前のように食べています。しかも伝統的かつ安全な固定種で、1日あたりの価格がペットボトル約1本分と安価ですが、これができなくなっていきます。今まで私達が美味しいご飯を安価で食べられたのは、種子法によってコメ、麦、大豆を日本の主食として優良な種子を国が管理し、各都道府県に対して農家に安定して提供するように義務付けてきたからなのです。
この法律を廃止する時に、政府は民間の優良な品種の種子があるのに、種子法による公的な種子の存在が民間の種子の普及を妨げていると説明したのです。
筆者は本当にそうなのかを確かめようと、民間の種子である三井化学のみつひかり、住友化学のつくばSD、日本モンサントのとねのめぐみ等を実際に栽培しているコメ農家を20軒ほど訪ねて話を伺いました。民間の種子はいずれも味はコシヒカリ以上、収量もコシヒカリの1.3から4倍はあると宣伝していますが、味はコシヒカリより落ちるし、収量も実際にはそれほどではありません。化学肥料を3割ほど多肥させるので、確かに最初の年はコシヒカリよりも収量は多い場合もあるようですが、翌年からは年々収量が落ち込んでいくので作付けをやめた農家も2、3軒いました。化学肥料の多投が土壌を疲弊させているのです。筆者は生産者から日本モンサントと住友化学の契約書等を見せて頂きましたが、種子と農薬、化学肥料はセットで、違約金の定め等全体として農家にとっては厳しい一方的な内容でした。
私達にとって大事な種子法は、2017年に衆参合わせて国会の審議は僅か11時間足らずで廃止が決まったのです。このようなスピード審議の裏にTPP協定があります。日本の最高裁も、私が共同代表を務めているTPP交渉差止・違憲訴訟の会の弁護団で提起した裁判の判決理由の中で、「種子法廃止の背景にTPP協定があることは否定できない」としています。
2.地方自治体が種子法に代わる条例を制定
種子法が国会で廃止されてから地方は動き出しました。
コメどころ新潟県はことに心配だったのでしょう。柏崎市が最初に県に対して「種子法に代わる県条例を制定して欲しい」と意見書をあげたのです。次々に各市町村から意見書が出され、ついに知事は2018年1月の県議会で種子条例を作ることを表明。3月23日に可決成立しました。兵庫県も酒米がF1の品種、もしくはゲノム編集のコメになっては味が心配だと3月20日に種子条例を可決。続いて埼玉県も制定しました。
今日では北海道から鹿児島まで24の道県で種子条例が制定もしくは制定準備中で、これらの県では従来通り伝統的なコメ、麦、大豆の種子を農家は安価に安定して提供を受けることができるようになったのです。
しかも国会でも、野党提案の種子法廃止撤回法案に自民党、公明党が応じて審議が始まっているのです。農水省も今では、種子条例の制定は地方の特性、独自性を活かすもので歓迎すると言い始めました。
まさに地方が変わることによって、国の中央政治も変わったのです。地方の住民達がこの2年の間に法律は廃止されても諦めることなく、自分たちの生活を守るために地道な勉強会、粘り強い署名活動などを通じて見事な成果を上げた実例なのです。このことは地方分権一括法案が制定されて20年、まさに日本における地方自治の歴史に残る輝かしい1ページです。
同法ではこれまで国が地方自治体を指揮監督、命令してきていたものをすべて禁止、法の下に国と地方自治体は対等の関係としたのです。
「通達」は禁止され過去の「通達」も全て効力を失いました。国は各省庁から地方自治体に対して「通知」を出すことしかできなくなりましたが「通知」は単なる技術的な助言に過ぎないのです。
法律に反しない限り、地方自治体はなんでも条例で定めることができ、条例に違反するものには懲役罰金等の刑罰を課すこともできます。また一括交付された予算はどのように使ってもいいのです。しかも、法律に反しているかどうかの第一義的な判断は地方自治体にありますので、国が自治体に対して法律に反して無効であるとするには裁判で最高裁まで争わないと覆すことはできないのです。
3.登録された品種の自家増殖(採種)一律禁止が本命?!
多国籍種子化学企業の日本に対する本当の狙いは種苗法の改定にあるのです。30年前に中南米諸国を席巻したモンサント法案と呼ばれた自家採種禁止法案これこそが多国籍企業の種子支配の本当の狙いです。彼らは、農家は種子をすべて毎年多国籍企業から購入せざるを得ないような法制度にして莫大な利益を得ようと企んで来たのです。このモンサント法案(自家採種禁止法案)は、中南米諸国では一旦成立した後農民の暴動もあって次々に廃止されてきましたが、今では日本、東南アジア、アフリカなどに自家採種禁止法案の成立を迫ってきています。
今回の自家増殖禁止の改定案が本当の狙いであって、種子法は自家採種禁止を実現するに当たって邪魔だったから先に廃止したに過ぎないのです。
今回の種苗法改定の問題点を次のように整理しました。
①農水省はシャインマスカットなど日本の優良な育種知見が中国、韓国などに海外に流出するのを防ぐため種苗法改定が必要だと述べています。
しかし私は次の理由により、海外流出を防ぐことが種苗法改定の理由にはならないと考えます。
⑴政府は種子法廃止法案と同時に『農業競争力強化支援法』を成立させましたが、同法8条4項では、独立行政法人農研機構(国の機関)、各都道府県の優良な育種知見を民間に提供することを促進するとしています。同法の審議の際に当時の齋藤農水副大臣は、民間とは海外の事業者も含まれると答弁していますが、シャインマスカットは農研機構の登録品種なので、政府の改定理由と矛盾しています。
⑵現行の種苗法21条4項では、登録された品種を購入して消費以外の目的で輸出することを禁止するとしています。中国などほとんどの国がユポフ91年条約を批准していないので、種苗法を改定して同条項を削除しなくても、現行のままで刑事告訴、民事の損害賠償もでき、十分海外流出を防ぐことはできます。ただ韓国は91年条約を批准していますが、農水省知財課が2017年に文書により育種知見の海外流出を防ぐことは物理的に不可能なので、その国で育種知見の登録をすることが唯一の方法であると述べています。シャインマスカットの場合には、農研機構の登録品種ですから、政府は農研機構の代理人として韓国で育種登録の手続きをすれば、改定せずとも差し止め訴訟もでき、より確実に各都道府県の優良な育種知見は保護されることになります。
②種苗法が改定されると、農業者は登録された品種の育種権利者から自家増殖(採種)の対価を払い許諾を得るか、許諾が得られなければ全ての苗を新しく購入するしかなくなりますので、登録品種は実質自家増殖(採種)一律禁止になり、違反すると10年以下の懲役、1000万円以下の罰金、農業生産法人では3億円罰金になり、しかも共謀罪の対象です。例えば農水省の第4回検討会でコメの専業農家の横田農場がプレゼンしています。公共の種子が廃止されて民間のみつひかりなどになったら、現在でも約8~10倍の価格なので、4000〜5000万円の負担増になりかねません。
コメに限らず、麦、大豆などの専業農家ほど、新しく購入した登録品種を3年ほど自家採種していますから、それが出来なくなれば経営的に大きな打撃を受けることになります。
野菜の種子で考えればわかりやすいのですが、日本は30年前までは伝統的な種子で、かつ国産100%でした。ところが今ではF1の種子になり、モンサントなど多国籍企業が海外で生産した種子を毎年購入しており、価格も40〜50倍に上がっています。
③いちご、芋類、サトウキビ、りんごやみかん等の果樹などは苗を購入したあとそれを自分たちで増やして栽培をしていますが、自家増殖禁止になると、それができなくなります。
例えば、いちご農家は登録された県の奨励品種を1本250円で10本ほど購入して、それをランナーといって 6000本ほどに増やしハウスに移植して栽培しています。これからは毎年育種権利者にお金を支払って許諾を得るか、許諾が得られなければ毎年全ての苗を購入しなければならなくなります。芋類サトウキビなどでも同様なことになります。
有機栽培農家は紫芋等を登録品種と知らずに増殖していますが、これらも禁止の対象になります。他にも伝統野菜と思えるエゴマで3種類、ウドでも4種類育種登録されており、毎年800種類の作物が新規登録されていますので注意が必要になります。
サトウキビは沖縄、鹿児島の南西諸島の特産で、5年に1回収穫したサトウキビから節ごとに切断し芽出しして増殖していますが、自家増殖禁止になれば島の重要な産業が消えていくことになりかねません。果樹栽培農家は一本の苗木を購入して接木挿し木をして増殖してきましたが、同様に対価を払って許諾を得るか、苗木を全て購入しなければならなくなります。
④農水省は種苗法の改定によって育種権利者が代わる場合、 農家の立場はどうなるかを説明しました。例えばゆめぴりか(コメ)は現在北海道が育種権利者ですが、北海道がその権利を企業に売却した場合、従来通り自家増殖が続けられるでしょうか。
農業競争力強化支援法8条4項では、農研機構及び各都道府県の優良な育種知見を民間に提供する、となっています。農水省は既に企業に売却した場合のことを想定して種苗法改定の説明をしました。「このような場合は、 農業者が北海道と交わした契約の内容を、新しく売却譲渡を受けた育種権の権利者(企業)が引き継ぐことになります」と。しかし農業者は北海道から種苗の提供を受けているだけで契約など交わしていないのが普通です。契約がなければ毎年許諾が必要になり、結局は対価を支払うか、もしくは種苗を企業の言いなりの価格で買わざるを得なくなります。
⑤育種知見を保護するために、種苗の持つ「特性表」が新たに条文に加わります。
農水省は、「裁判で育種権利者の権利を守るため新たに特性表による権利の保護が必要です」と説明しました。実はその背景に平成27年のなめこ茸事件の高裁判決があります。伝統的な茸の栽培農家が育種権を侵害しているとして企業から損害賠償請求され訴えられた事件です。裁判所は、新種の持つ特性だけをみれば確かに権利を侵害しているかにみえるが、現物を比較しなければ分からない、として企業の主張を棄却したのです。
今回の改定案では育種権利者を守るため、新品種の持つ開花時期、葉の色等特徴を特性表にし、それだけで裁判に勝てるよう新たに条文を加えたのです。新しい品種を育種登録するには数百万から数千万円の費用がかかり、年間維持費も2万円ほど要するので、実質企業しか新しい品種の登録はできないことになります。しかも新品種であると農水省が認めるには従来の伝統的な品種との違いがなければできないはずですが、どのようにして新品種と判断しているのでしょうか。農水省の担当課長は、遺伝子解析では不可能で人的能力によるしかないと説明しました。日本には、大豆だけでも各地で色も形も味も異なる何万種類もの昔ながらの伝統的な大豆が栽培されています。大根でも沖縄だけ見ても島ごとに種類の違う大根があり、三浦大根でも屋号がひとつずつ付いているほどです。農水省の言う、人的能力(現在20人)で年間800種類の新規登録を全て現物と比較して新品種だと判断することは事実上不可能です。農水省は自家増殖禁止は登録品種に限られるから、有機栽培農家が伝統的な品種を採種して栽培を続けることは何の問題もなく大丈夫ですと述べているためほとんどの農家は安心していますが、私は育種権侵害の裁判例(なめこ茸裁判)からしても大変心配しているところです。
政府は農業者を守るのではなく企業の利益を守るために種苗法を改定しようとしているとしか思えません。
⑥ゲノム編集の種子が今年から安全審査の手続きもなされないまま、表示もなく、飼料用米などで作付が始まる恐れがあります。
日本政府はゲノム編集食品は遺伝子組み換え食品と違って、異なる種の遺伝子を組み換えてるのではないので、アミノ酸に変わりはなく安全であるとしています。
実際に昨年の10月から、ゲノム編集食品については食品安全委員会の審査手続きもなく、生産の届出も任意で、表示もされないままに流通が始まりました。しかしゲノム編集はまさに遺伝子組み換えによるもので、EUなど各国では”New GMO”として遺伝子組み換えと同様の厳しい扱いをしているのです。
農水省は昨年11月末にゲノム編集による種子を有機認証できないかと検討会で審議した経緯すらあります。米国同様、有機認証はできないとしたものの、これからゲノム編集による種子が作付けされる可能性が現実のものになってきました。そうなれば日本は花粉の交雑により、有機栽培のできない遺伝子組み換え汚染農地となってしまうのではないでしょうか。北米大陸では、日本ほどの面積の農地が遺伝子組み換え作物による汚染地帯となって、有機栽培ができなくなっています。
4.種苗法改定にあたり地方自治体で私たちができる対策
地方自治体の住民として、種苗法改定案が成立した場合に私達はどのような反撃の方法があるか考察しました。
①都道府県は県が独自に開発した優良な育種知見を条例で守ることです。このままでは農業競争力強化支援法8条4項を盾に県が独自に開発した育種知見の提供を民間企業に攻められた場合に抵抗できなくなります。
その場合に備えて、『〇〇県の多様な品種を保護する環境条例』を制定する方法があります。条例の中で例えば〇〇県の開発した育種知見を民間企業に提供する場合の条件を厳しくして、最終的には県議会の承認が必要だとする内容の条文にすることができます。このことは地方自治法第14条2項からしても合法的な措置です。それにこれまでの種苗法では、一旦種苗を購入した場合には次作以降も引き続きその品種の自家増殖(採種)を続けることが自由にできましたが、改定後では契約で取り決めがなされない限り種苗を2年目以降も採種または増殖を続けることは禁止されます。
そのため、少なくとも県の独自に開発した品種については一旦農家に種苗を提供した場合には従来の種苗法同様に、自家採種がいつまでもできるよう条例に加えることです。改定案で削除されて無くなる21条を各県が環境保全条例などで復活させるのです。種子条例と同様な考え方です。
②育種権利者(企業が多い)から農家に対し育種権を侵害しているとして裁判を申し立てる場合に容易に主訴することができるように「特性表」が新設されることについては、次のような対策が考えられます。
30年前から広島県は野菜などがF1(1代雑種)の品種になり農家が自家採種しなくなったことを危惧し、多様で伝統的な品種を守るためジーンバンクを設立しました。今でも伝統的な品種2万種類以上を保存、管理して、農家に無償で貸し出しています。そのような制度を、各県は農業試験場などをもとに条例で設けることができます。作物の特徴を早く特性表にして現物とともに保存管理していれば、育種権侵害の裁判をされても、既にこのような品種は栽培されていたのだと対抗でき、育種権登録の取り消しの申請もできます。
③遺伝子組換えやゲノム編集の種子については、愛媛県今治市の条例、北海道や神奈川県の遺伝子組換え作物に関する条例を参考にし、そこにゲノム編集の種子による作付の条件を厳しくすることを加え、事実上遺伝子組換えの種子、ゲノム編集の種子による作付をできなくすればいいのです。
(山田正彦)