高橋正好(たかはし まさよし)
独立行政法人産業技術総合研究所
環境管理技術研究部門
水環境工学研究グループ主任研究員
工学博士
昭和60年九州大学大学院資源工学科 修士課程修了。同年通産省工業技術院公害資源研究所入所。組織改革を経て現在に至る。減圧症(潜水病)から気泡に関心を持つ。気泡核の研究、ガスハイドレートや発泡ポリマーの研究を経てマイクロバブルの研究を始める。その後、 ナノバブルを発見。微小気泡の基礎物性の解明やその実用化に取り組んでいる。
極微小の世界~小さな気泡の不思議~
泡(あわ)は我々に大変になじみ深い存在ですが、その気泡を目に見えないほど小さくすると実に不思議な作用が現れることが分かってきました。この様な泡をマイクロバブルとかナノバブルと呼んでいます。マイクロバブルは髪の毛の太さの半分よりも小さな泡であり、水の中で溶けて消えてしまう特徴があります。我々はこれを利用して汚れた環境を浄化するための研究や、電子部品や配管などを薬品を使わずに洗浄する研究などを進めています。また、ナノバブルは通常の顕微鏡では確認できないほど小さな気泡ですが、水の中に長く留まっていることが特徴です。これは少し塩類の入った水の中でマイクロバブルを発生させ、軽い刺激を与えてやることで作ることができます。
ナノバブルは愛知万博などで「鯛と鯉を共存させる水」として注目されましたが、生物に対して不思議な効果を及ぼすことが明らかになりつつあります。現在、我々はオゾンナノバブルや酸素ナノバブルを作ることに成功しており、オゾンナノバブルは有害微生物を除去する効果、酸素ナノバブルは動物や人間を活性化させる効果があるということで大きな注目を集めています。実際の応用も始まりつつあり、オゾンナノバブルは強力な殺菌効果を持っているのに人体に対しては無刺激に近いので、口腔内疾病の予防や治療、空気環境の改善、腹腔鏡手術における大腸内洗浄などに使われ始めています。また酸素ナノバブルは組織保存液としての利用や成人病予防などへの利用が期待されています。一方、空気をベースとしたナノバブルの開発も進められており、農業や水産業分野での応用が期待されています。
我々は目に見えないものの存在に対してどうしても拒絶反応を示す傾向にあります。またこの様な対象に科学的なアプローチをすることは必ずしも容易いことではありません。でもそれが実際に効果を持ち、今後に大きな展開が期待できる場合、諦めることなくその存在を究明し、またその作用のメカニズムを明らかにしていくことは、この分野に携わった科学者の責任であると思います。マイクロバブルやナノバブルはエセ科学の代表のように揶揄する人達もいたようですが、一歩ずつ現実的な技術として確立される過程で徐々に状況が変わってきているように感じています。この様にマイクロバブルやナノバブルはまだまだ謎に満ちた対象ですが、誰も知らなかった極微小な世界に触れることは大変に楽しく我々に子供のような喜びを与えてくれる存在です。